ZOOM UP INTERVIEW
機能不全の家族を描いた人間ドラマで
まっすぐに家族と向き合う青年を好演
高杉真宙
Photo:大内カオリ
『川のほとりに立つ者は』で本屋大賞にノミネートされた寺地はるなの同名小説を、『愛に乱暴』の森ガキ侑大が映画化した『架空の犬と嘘をつく猫』。弟の死によって現実を見なくなった母親、その母を慰めるため“弟になりすました手紙”を書き続ける山吹、そんな母を受け入れられずに愛人のもとに逃げる父、など不都合な真実から目をそらしつつ、それでもなお一緒に暮らしている機能不全の羽猫家。山吹は家族を支えながら成長していく。
本作で青年に成長した山吹を演じた高杉真宙に、本作への思いや家族とは何か、また2026年に30歳の節目を迎える彼が俳優という仕事をどう捉えているのかについて語ってもらった。
「山吹というキャラクターを自分は愛せるなと確信が持てた」
僕にとって、大好きな作品になりました。山吹だけの視線で進んでいく話じゃなく、彼には見えていない家族の心情がものすごくたくさん描かれています。それを受け止めていく物語で、その中で山吹というキャラクターを自分は愛せるなと確信を持って作品に入っていけました。
実は共感というのはなかなか難しかったんですけれど、理解はできるというか。自分自身に繋がるわけではないですけど、幼少期から大人になるまで彼が彼なりに選択しながら人生を歩んでいくことに寄り添うことができました。
山吹は同級生の頼と初恋のかな子との間で揺れ動き、かな子を忘れられないでいますが、僕個人としては「もういいんじゃないの?」という気持ちはあります(笑)。よく言うじゃないですか、“初恋の人は忘れられない”って。でも、僕自身はそうでもないと思っていて、その言葉自体が少し呪いみたいだなって感じるんです。
でもね、その山吹はこんなに純真で、しかも家庭環境があるから、山吹とかな子の関係は本能的に合っていたんだろうなと思います。山吹は幼少期から優しく生きていくっていうことを強いられて、罪を抱えて生きてきたからこそ人に優しくすることが本能になっていて、一方でかな子は誰かに寄りかかるしかなくて。幸か不幸か、お互いの性質が合致した結果の“共依存”だったのだと思っていて、仕方がなかったのだと思います。
山吹は振り回す女性が好きだってわけじゃなく、かな子と相性が良かっただけなんじゃないでしょうか。もちろん最初は「綺麗だな。好きだなあ」という印象から入ったと思いますが、その後っていうのは単純なそういう部分での関係性でしかなかったように感じます。ただ、山吹が決断してかな子に向けた思いは、彼がやっと他人に優しくなれた瞬間だとも僕は思っているんです。表面的に優しいと言えないかもしれませんが、本質的に優しいというか、“他者への優しさの形”と言えるのではないでしょうか。

高杉が考える“家族観”とは
森ガキ監督とは、家族それぞれの思いや感じ方、そしてお互いの距離感の違いは意識して演じていきたいと話しました。自分にとって家族は…無償で助けたい存在ですね。僕自身が助けられることももちろん絶対にありますが、それを望んでいるわけではないです。家族も助けられたいと求めているわけではなく、僕が助けたいという気持ちは自己満足なんですが、相手に対して見返りを期待せずにそう思えることが家族なんだと思っています。
劇中で山吹は家族からいろんな言葉を受け取りますが、実際に僕が家族から受け取った忘れられない言葉は、ありがちかもしれませんが「いつでも帰って来なさいよ」っていう言葉です。やっぱり救われる言葉です。最初に上京した時に言ってもらいましたし、今でも帰省すると「いつでも帰ってきたらいいからね」って言われることがあります。僕も「いつだって帰れる」と思って生きています。その方が肩の力を抜いていられますし、そう思って生きていこうと決めています。

嘘によって「気づかないところで守られている」
羽猫家は山吹を含めて嘘をついている人が多い家族ですけど、僕はものは捉えようだと思っていて、嘘という概念自体は別に悪いことじゃないと思っています。嘘という言葉の響きは“悪い”と感じるニュアンスが誰にでもあると思いますが、気づかないところで守られている部分もあって、それもひとつの優しさだと思います。ただ、僕は極力本音で生きていきたいとは思いますけどね。
父親役の安田(顕)さんとは羽猫家としての家族の繋がりを感じるお芝居をすることができたんじゃないでしょうか。2人でのシーンはとても好きな時間でした。ある種の緊張感の中で家族としての会話ができたと思います。
この作品の登場人物の中で一番共感できる人物は、誤解を恐れずに言うと、このお父さんなんですよね。「ああ、やっぱりそりゃ嫌だよな、こんな家族は」とどうしても共感できてしまう部分があります。けど、歳を重ねるごとに、腐らずにいることも必要だって気づいていく、お父さんの年齢の重ね方は僕はすごく好きです。歳を重ねるに従って身についていく寛容さが、とても身近に感じられます。

30代へ向かう心境と目標
作品の中で話している佐賀弁は僕の地元の博多弁とはまた違うんですけど、似ている部分もあって、地元の方言に近いものでお芝居できることはありがたかったです。地元の言葉で話すことは、シンプルに楽しいんですよね。もっと博多弁のお仕事をしたいくらいです(笑)。
僕にとってお芝居はいかに表現できるかでしたけど、最近は受け止めてくれる側を考えて演技するようになりました。ファンの方からお手紙をもらって、こんなに真剣に、こんなに丁寧に僕の演技を受け止めてくれているのかと思わせられることが多くて。映画だと2時間ほど、観てくれる方の時間をもらうわけじゃないですか、そこに責任を持つ気持ちが芽生えるようになりました。
2026年に30歳になりますけど、20代を振り返ると僕としては満足しています。それなりにいろいろなことがあったとは思いますが、別にそれは僕だけじゃなくて、多くの人たちの人生がそういうものなので自分だけが大変だったとは思わないですし、自分もそれなりに大変だったなとは思います。30代に向けての準備はそれなりにしてきたつもりですし、自分の持てる限りを尽くして10年間を過ごせたかなと思っていて、自分の理想像が少しずつ見えてきた感じです。30代の目標は抽象的な言葉ですけど、良い大人になりたいですね。お酒は体に合っていないと感じるし、お酒が飲めるようになることは諦めました(笑)。ほとんど飲まないですけど、「まあ、いっか」みたいな気持ちで、飲まなくても楽しいことはあるのではないかなと思っています。
この作品は家族に対して優しくなれるということはもちろんありますが、家族だけじゃなく関わったりすれ違う人たちの苦労や時間についても優しくなれる映画だと思います。自分の周囲の人たちを思いやれる、そういう力がある作品じゃないかと思っています。

PROFILE
高杉真宙(MAHIRO TAKASUGI)
1996年7月4日生まれ。2009年、舞台『エブリ リトル シング'09』で俳優デビュー。12年の映画『カルテット!』では初主演を務める。14年『ぼんとリンちゃん』の演技が高く評価され、17年『散歩する侵略者』で第72回毎日映画コンクール スポニチグランプリ新人賞を受賞。
架空の犬と嘘をつく猫
1月9日(金)全国公開
【監】森ガキ侑大【出】高杉真宙、伊藤万理華、深川麻衣、安田顕、余 貴美子、 柄本明(ほか)
あらすじ
弟の死が受け入れられない母のため、弟のフリをして母に手紙を書き続ける小学生の山吹。空想の世界に生きる母、愛人のもとに逃げる父、夢を語ってばかりの適当な祖父と“噓”を扱い仕事をする祖母、そして“嘘と嘘つきが嫌い”な姉。一つ屋根の下に住んでいながらもバラバラに生きている家族の中で、山吹は今日も嘘をつきながら成長していく――。ある家族の30年にわたる“嘘”と“愛”の物語。
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Photo:大内カオリ/ Text:入江奈々/Styling:菊池陽之介/Hair&Make:堤紗也香