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【コラム】世界旅情記
「スペイン(ヨーロッパ)コルドバ」

スペイン南部のアンダルシア地方はフラメンコ発祥の地であり、伝統的な白壁の家が多く残ります。旧市街が世界遺産の「コルドバ」もそのひとつですが、複雑な路地は簡単に方向感覚を失わせ、気付いた時には迷子になってしまいました。
歴史と文化が混ざり合う地
かつてはイスラム教徒の統治によってヨーロッパ有数の都市となったコルドバはキリスト教とイスラム教のそれぞれの文化が融合し、独特の景観を今も継承しています。中心地にあるメスキータはイスラム時代を代表するモスクでしたが、その後、カトリック教徒によって大聖堂に改修された建築物です。
炎熱の夏に訪れると、建物内部はしんと静まり返り、石造りの壁や床からは心地よい冷気が漂います。かつての安息の場所は昔と変わらず、今は旅人たちにも共有されています。辺りを見渡せば緻密な幾何学模様が張り巡らされ、赤と白のアーチが重なり合う空間など、その建築美は唯一無二であり、世界遺産としても評価されています。


白壁に隠された秘密の花園
また、コルドバの名物は美しい中庭(パティオ)です。住居の内側では住民たちが日ごろからゼラニウムやブーゲンビリアといった草花を大切に育てていて、鮮やかな色彩が白壁によく映えます。毎年5月上旬にはパティオ祭りが開催され、その美しさを競うコンテストが開催されるほどです。
お祭りは百年以上もの歴史があり、その期間以外も一部のパティオは一般に公開されています。もともとはスペインの強い日差しを和らげるために設けられたため、噴水や井戸からは水の涼やかな音が聞こえます。ちょっとした立ち話も中庭が大活躍。奥に進めば進むほど住民の日常が垣間見え、夢中になって歩き回っていると同じ白壁が続く光景に惑わされ、現在地が分からない状態になっていました。

訪問時はWi-Fiもなく、壁は頭上高くまで続いているので目印となるメスキータのミナレット(鐘楼)も見えません。途方に暮れていると路地を縫うように風が吹き、ほのかに甘い香りが。実はホテルのすぐ近くに茶葉を販売しているお店があり、そのお店からはドライフルーツと紅茶をブレンドした芳醇な香りが漂っていました。風が運んできたのは、まさにそのお茶の香りだったのです。一か八かで風の吹いてきた方向を頼りに進んでいくと、なんとか無事に見慣れた景色に辿り着きました。後にも先にも目に見えないものを道しるべにしたのはこの時だけ。まるでおとぎ話の国に迷い込んだような幻想的で甘い思い出です。


PROFILE
浅井みら野(あさいみらの)
アメリカの大学で国際関係とジャーナリズムを学び、卒業後は日本の旅行会社で法人営業を担当。その後、旅行関連のカメライターとして、日本全国、世界各国を訪れ、まだ知られていない土地の魅力をご紹介。